Examine
the
character
of the writings |
さて、私達は神の計画と意志の啓示を期待すべき理由を持ち、その啓示であると主張する聖書が純潔な認めざるをえない動機を持つ人々によって書かれたことを知った今、更に進んで果たして神の霊感によって書かれたと主張する聖書の性質と教えが、私達の信じる神の性質と一致するかどうか、また、その内容が真理性に耐えるものであるかどうかを調べることにしよう。 |
The
writers
were acquainted first hand
with the facts

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歴史的記録
新約聖書の最初の五書と、旧約聖書のいくつかは、その著者が知っている事実を、彼らの性質によって保証した歴史である。それらは、彼らが親しく、また十分に知っている事実に関する真実を語ったというにすぎず、特別な啓示を必要としなかったことは明白である。
しかし、神は、人類に啓示を与えることを望まれたので、聖書の中の過去の出来事の歴史は、神の啓示にかかわりがある。神は、この事業のために選んだ正直な著者が啓示に必要な十分な事実をつかむように計画し、啓示が合理的な推論を導くのに十分な裏付けを持つようにしたのである。聖書の歴史的部分の信頼性は、全くその著者の性質と動機とによるものである。善良な人は偽りを言うことができない。
清い泉から濁った水が流れ出ることはない。そして、これらの記事の一致した証言がその著者の言動に対する疑いを抱かせない。
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聖書の中にある書、たとえば列王記、歴代誌、士師記などは、単に当時の主な出来事や人物の歴史を伝えているにすぎないと言ったところで、それが聖書の真理性を無効にすることはない。ヘブル書は、律法、預言と共に歴史をも含んでおり、その歴史、系図などは、約束のメシヤがアブラハムという特定の系図から来るという期待のために、著しく詳細にわたり明記されている。
今日の20世紀の光に照らして見れば、これらの歴史的特定の事実の記録は優雅であるとは言えないが、当然のことであろう。たとえば、モアブとアンモンの国の起源の明細な記録や、アブラハムやイスラエル民族との関係は、多分その歴史家の心には彼らの民族の出生の歴史を知るためには必要なことであったのかも知れない。(創世記19:36~38)
同様にユダヤの子孫の記事が詳細にわたり載っている。そこから、王、ダビデが生まれ、イエスの母マリヤやその夫ヨセフの系図がアブラハムにまでさかのぼってたどられている。(ルカ3:23、31、33、34、マタイ1:2~16)完全に確立された系図の必要性が、彼らにとって重要であったことは疑う余地がない。
この部族から、イスラエルを支配する王、約束のメシヤが来るはずであったし、他の所には、こんなに微に入り細にいった記事は見られないからである。(創世記38) |
We
find a reason
for details |
聖書に記録されている他の歴史的事実、または歴史ではなく単なる道徳的論説であっても全体を損なうことなく取り除くことができるものがあるが、同じような、または異った理由があるに違いない、私達は少しずつその必要性を知りつつある。
しかし聖書の中にある部分が不道徳であると言い得る者はだれもいない。更に注意すべきことは、同じ事実が多かれ少なかれ、すべての国語に微妙に語られていること、聖書の翻訳者がそれらの記録を忠実に訳すことに熱心であり、今日、私達がするように洗練された表現を選ぶという点において欠けていた時代に生きた人々であったことである。同じことが、古代の聖書の表現についても言えると推測できる。
この点を考慮すれば、どんなに気むずかしい人でも新約聖書の表現に異議をとなえることは出来ないであろう。
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Moses Leading Israel Out of Egypt
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モーゼの書とその律法
聖書の最初の五書は、モーゼの書として知られている。しかし、それらがモーゼによって書かれたとはどこにも記されていない。それらがモーゼによって書かれた、またはモーゼの監督下に書かれたという推論には一理ある。
しかし、モーゼの死とその埋葬の記事は、彼の書記によって付け加えられたと考えるのが当然であろう。この五書がモーゼによって書かれた証拠がないとして、このほとんど確定的事実を否定することは出来ない。
なぜなら、もしそれが他の誰かによって書かれたとしても、その主張を貫徹するためには、必ず、これらがイスラエルの偉大な指導者であり、大政治家であった人間によって書かれたと言わねばならなかったからである。(申命記31:9~27)ここに一つ確かなことは、モーゼがヘブル民族をエジプトより導き出したということである。
モーゼは、その五書に示されているように律法の下にヘブル民族を統一し、そのヘブル民族は、一般に知られているように、3000年以上もの間、これらの書をモーゼから与えられた賜物として、それを神聖に保ち続け、一字一句も変更してはならないものとした。従って、この事実は、五書の純粋性を確証するものである。
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"He stretcheth out the north
over
the empty place,
and hangeth
the earth
upon nothing."
Job 26:7 |
モーゼのこれらの書は、それが書かれた時代の唯一の信頼性のある現存する歴史を含んでいる。中国の歴史は、創造で始まり、神が小船に乗って海に出て、地の魂を取って水に投じた。
すると、それが世界になったと伝えている。しかし、その物語は、全体として全く根拠に欠け、子供の知恵でさえ信じるに足りないものである。
これに反し、創世記の記事は、創造者であり、最初の有知的根源である神が、すでに存在していたという合理的断定に始まる。それは、神には始めがないことを示し、次にその業と、その業の起源と組織的進展とを示している。
はじめに神は天と地とを創造された。そして地球の起源に移り、神が人類のために地球を準備された6日(期間)に論及している。この6日間の記述は、4000年にわたる科学の蓄積の光によって、十分に確証されている。
だから、一人の人間の知恵が3000年間の人類の総合的知力と多額の金銭と近代技術の助けを伴った研究に優るものであるというより、その著者、モーゼが神の霊感を受けてこれらを書いたという方がはるかに理性にかなうであろう。 |
The
Mosaic Law was unequaled.
Today we base our laws on the Law of Moses |
モーゼの律法
次に、これらの五書の中に示されている律法を見ることにしよう。その律法は、彼らの時代以来、19世紀の今日に至るまでその類を見ない。今日の律法は、その原理をモーゼの律法に依存し、またモーゼの律法が神から出たものであると認める人々によって制定されたのである。
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Moses Teaching the People of Israel |
十戒は、モーゼの律法全体の梗概であって、その十の戒めは、これを研究する者を驚かさずにはおけない程の礼拝と道徳の掟である。
もしこの掟が、かつて世に知られず、現代になってギリシャ、ローマ、バビロン(モーゼの律法よりずっと後に盛衰興亡した国々)の廃墟や遺跡の中から発見されたならば、人々は、これを超自然的とまでは言わなくても驚嘆したであろう。
しかし、私達は、それに慣れ親しんでいるので、ごく少数の人々を除いて、その真の偉大さに気づかない程に無頓着になってしまっている。勿論、十戒はキリストのことを教えてはいない。それはキリスト者に与えられたのではなく、ヘブル人に与えられたのであり、あがないの信仰を教えるものではなく、人間に自分自身の罪深い状態を教え、あがないの必要性を教えるものである。
十戒の本質は、キリスト教の高名な創始者によって、次の言葉の中に堂々と要約されている。心をつくし、精神をつくし、思いをつくし、力をつくして主なるあなたの神を愛せよ自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ(マルコ12:30、31)
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The
Israelites lived under the government
of God

The Levitical Priesthood
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モーゼによって制定された政治は、古代、現代を通じてその類を見ない。というのは、その政治が創造主、自ら制定した政治であるという点、人間は神に対して責任を負うべきものであるという点、そして間もなく分るように、それが理性によって教えられた神の性質と完全に調和するという点において、他のすべての政治と異なっているので、彼らの宿営の中央にある幕屋の中には、彼らの王としてのエホバの存在を示す至聖所という小屋があり、そこで彼らは、超自然的方法によって国家行政の秘訣を学んだ。
幕屋を完全に管理する祭司職の階級が設けられ、人々は祭司を通してのみ、エホバに近づき、交わることを許された。ここで、次のように考える人があるかも知れない。
彼らもやっぱり祭司の名誉と利益のために人民の軽信に乗じて恐怖心を刺激し、人民を支配することが祭司職という組織の目的であったのかと。けれども性急に物ごとを憶測してはいけない。 |
The
Tabernacle,
in the center
of the Camp, had a manifestation of Gods presence in its Most Holy
apartment.

Ark of Covenant in the Most Holy
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事実によって調べる良き機会がある時に、事実によらず、すぐ結論に飛びつくのは理性的とは言えない。反ばくできないような証拠がその憶測の誤りを示している。 |